2024年本屋大賞第4位、第12回京都本大賞受賞
そして映画化も決定している話題作
夏川草介『スピノザの診察室』は、
京都の地域病院を舞台に、
一人の医師の静かな闘いを描いた物語となっています
派手な医療ドラマでも、奇跡の連発でもありませんが、
読後に深く息をつきたくなるような余韻の残る作品です
「がんばれ」とは言わない医師がいる。京都の地域病院で患者と向き合うマチ先生の物語が、疲れた現代人の心に処方箋を差し出す。
私がこの本を手に取ったのは、
続編『エピクロスの処方箋』を先に読み、
夏川草介の作品に惹かれたからです
本来は「先に出た本から読むのがセオリー」ですが、
続編を読んでしまったあと、
前作も絶対に読まなければいけないと感じてページをめくりました
『スピノザの診察室』作品概要
| タイトル | スピノザの診察室 |
| 著者 | 夏川草介 |
| 出版社 | 水鈴社(発売:文藝春秋) |
| 発売日 | 2023年10月25日 |
| ページ数 | 288ページ |
| 受賞歴 | 2024年本屋大賞 第4位 第12回京都本大賞 |
| 映像化 | 映画化決定(キャスト未発表) |
| シリーズ | 続編『エピクロスの処方箋』(2025年10月刊行) |
あらすじ
主人公は、京都の地域病院で働く内科医・雄町哲郎(おまち てつろう)、通称「マチ先生」。
38歳、若白髪、独身、甘いものに目がない――決して華やかな主人公ではありません。
かつて彼は、大学病院で数々の難手術を成功させ、将来を嘱望された内視鏡手術の第一人者でした。
しかし、若くして妹を亡くし、一人残された甥・龍之介を育てるため、彼は華やかなキャリアを手放し、京都の地域医療の現場へと身を移したのです。
ある日、哲郎の力量に惚れ込んでいた大学准教授・花垣が、愛弟子の南茉莉(みなみ まり)を「研修」と称して哲郎のもとに送り込みます。
町場の患者たちが抱える、それぞれの事情。
治る病、治らない病、人生の終わりを見つめる人――。
マチ先生はそのすべてに、静かに、しかし誠実に向き合っていきます。
傍らに置かれた一冊の哲学書、スピノザの『エチカ』。
そこに記された言葉が、彼の「医師としてのまなざし」を支えているのです。
「スピノザ」とは誰か|タイトルに込められた哲学
本書のタイトルにもなっているスピノザは、17世紀オランダの哲学者です
代表作『エチカ』は、
人間の感情と理性、そして「幸福とは何か」を体系的に論じた、
哲学史に残る名著です
スピノザの哲学を一言で表すなら
「うまくいかないことばかりの世界で、それでも希望を持ち続ける思想」
著者の夏川草介さんはインタビューで、このように語っています
うまくいかないことばかりの中でも努力をする、
尚且つ、努力とは別に常に希望を持つ
この2本の柱をきっちりと哲学的に著したのがスピノザである、と私は感じています
努力しても報われないこと
治療しても救えない命
どうにもならない現実
そんな現実に、医師である哲郎は日々向き合っています
それでも彼が患者の前に立ち続けられるのは、
スピノザが残した「諦めの中にある希望」を信じているからです
哲学が小難しい説教として登場するのではなく、
医師の生き方として静かに根付いている
それが、この物語の最も美しい仕掛けなのです
『スピノザの診察室』が心に刺さる5つの理由
「がんばれ」と言わないマチ先生のまなざし
本書を象徴する、マチ先生のセリフがあります
「がんばれ、とは言わないことにしているのです。もう十分にがんばっておられる方に、これ以上何をがんばれというのか――。」
私たちは普段、誰かを励ますとき・後押しするときに「がんばれ」と言ってしまいます
でも、すでに精一杯がんばっている人にその言葉が届くでしょうか、
と立ち止まらせてくれたのです
そしてマチ先生は、そういった人々に対して励ましません
ただ「あなたは十分にがんばっている」と認めるまなざしで、患者のそばに座ります
その姿勢は医師として以上に、
一人の人間として、大切にしなければいけない姿勢だと感じます
この本を読み終えたあと、
自分自身にも、そして大切な誰かにも、
「がんばれ」と言う前に一度立ち止まれるようになる
そんな新たな視点を、マチ先生は教えてくれます
「治せない病」とどう向き合うかという問い
本書には、現代医療では治せない病を抱える患者が何人も登場します
そして、夏川さんは「奇跡」を描きません
劇的な救命劇も、感動的な手術成功も、ほぼ起こらないのです
その代わりに描かれるのは、
「治せないと知りながら、それでも医師ができることは何か」という問いです
私たちの人生にも、解決できない問題はあります
人間関係のもつれ、過ぎてしまった時間、変えられない過去
そんな「どうにもならないこと」と、どう付き合っていくのか
マチ先生の在り方は、医師でない私たちにも、深い示唆を与えてくれます
京都の風景と、和菓子の誘惑
舞台は京都
夏川さんの筆致は、
京都の街の空気、季節の移ろい、
そしてそこに暮らす人々の体温まで、丁寧にすくい取っています
そして本作のもう一つの魅力が、マチ先生の和菓子愛です
矢来餅、阿闍梨餅、長五郎餅
作中に登場する京都の銘菓は
「死ぬまでに絶対食べておくべきうまいもの」として語られます
重いテーマを扱いながらも、こうした緩急が物語に呼吸を与えてくれる
読み終えたあと、京都に行きたくなる
和菓子が食べたくなる
そんな副作用も、本書ならではの楽しみです
哲学が苦手でも、置いていかれない構成
「哲学小説」と聞くと、
難しい理屈に身構える方もいるかもしれません
本書にはスピノザの哲学が登場しますが、
物語の流れに乗れば自然と意味が掴めるように丁寧書かれています
同じく医療用語も登場しますが、
それも物語にリアリティを与えるための背景として配置されており、
知識ゼロでも最後まで置き去りにされません
これは、現役医師でありながら長く小説を書き続けてきた夏川さんならではの筆さばきで、
「哲学って、こんなに人生に近いものだったのか」と感じさせてくれる一冊です
続編『エピクロスの処方箋』への、見事な布石
本作には、
続編『エピクロスの処方箋』(2025年10月刊行) で大きく動き出す人物関係の種が、
丁寧に描かれています
研修医として送り込まれた南茉莉と、マチ先生の関係
かつての同僚・花垣とのやりとり
そして、龍之介の成長
本書だけでも完成された物語ですが、
続編まで読み進めると、
シリーズ全体が一つの大きなテーマ=「幸福とは何か」を描いていることに気が付きます
映画化も決定している今、
シリーズの第1作目を「読んでおく」ことには、確かな価値があります
2,000件超
2024年
製作決定
「がんばれ、とは言わないことにしているのです。もう十分にがんばっておられる方に、これ以上何をがんばれというのか――。」
登場人物紹介|マチ先生を支える人々
| 雄町哲郎(マチ先生) | 主人公。京都の地域病院・原田病院に勤務する内科医。元・大学病院の凄腕医師。スピノザの『エチカ』を愛読する哲学者肌。甘党。 |
| 龍之介 | 哲郎の甥。亡き妹の遺児で、哲郎が引き取って育てている。 |
| 南茉莉 | 大学病院から「研修」として原田病院に送り込まれる若手医師。マチ先生のもとで医師としての在り方を学んでいく。 |
| 花垣 | 大学准教授。哲郎のかつての同僚で、彼の力量に惚れ込んでいる。「野心はないが矜持はある」と評される。 |
映画化への期待|なぜ多くの人が映像化を望んでいるのか
本作は映画化が正式に決定しています(2026年5月時点でキャスト未発表)
夏川草介さんのデビュー作『神様のカルテ』は、
櫻井翔・宮﨑あおい主演で映画化され、
興行収入18.9億円の大ヒットを記録しました
そんな成功体験があるからこそ、
本作の映画化にも大きな期待が寄せられています
京都の美しい街並みやマチ先生の柔らかなまなざし、
患者たちの最期の言葉
映像になったとき、どんな名場面が立ち上がるのか
キャストが発表される前に、
ぜひ原作で「自分だけのマチ先生」を心に住まわせておきたい一冊です
こんな人におすすめ
- 「がんばれ」という言葉に、少し疲れている人
- 仕事や人間関係に疲れて、心を整えたい人
- 哲学に興味があるが、難解な書物は避けたい人
- 『神様のカルテ』が好きだった人
- 京都を舞台にした小説に惹かれる人
- 映画化前に原作を読んでおきたい人
- 続編『エピクロスの処方箋』を読んだ人
- 静かで余韻の残る読後感が好きな人
続編『エピクロスの処方箋』もあわせて
『スピノザの診察室』を読み終えたら、
ぜひ続編『エピクロスの処方箋』(2025年10月刊行・本屋大賞2026第4位)も手に取ってみてください
前作で「人の幸せとは何か」と問い続けたマチ先生が、
今度はエピクロスの哲学を背負って、
「快楽とは何か」「平穏な心とは何か」に向き合います
シリーズを通して読むと、
夏川草介さんが描こうとしている大きなテーマが、
立体的に浮かび上がってくるはずです
まとめ|静かな夜に、開きたい一冊
『スピノザの診察室』は、派手な展開も、劇的な救命劇もない物語です
けれど、
読み終えたあとに「自分の生き方をそっと見直したくなる」一冊です
がんばらなくていいんだと、
うまくいかないことばかりでも、希望は持てる
治せない病があっても、できることはある
そんな確かな希望が、この小説が与えてくれます
慌ただしい毎日の中で、ふと立ち止まりたいとき、
誰にも会いたくない夜、自分の心に灯りをともしたいときに、
ぜひこの本を開いてみてください
読み終えたあと、「もっと早く読めばよかった」
と思える一冊だと私は感じます
そう思う一冊です
- Kindle Unlimited会員なら追加料金なし
- プライム会員は翌日配送で明日読める
- 「がんばれ」と言わない医師が静かな希望をくれる読書体験
がんばり続ける毎日より、今夜から始まるマチ先生との時間を。
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